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Runner’s Story

Runner 03

小野 春雄さん

69歳

走行都道府県
福島県

100歳まで生きて、
廃炉を見届けたい。

今年は震災10年目だね。福島で漁師をやっとります。オリンピック聖火ランナーの募集は、新聞で知って。俺、携帯とかネットとかわからないから、嫁さまが代わりに出してくれた。文面は俺が考えて、ぴったり400字で書いたよ。普通のオリンピックじゃなくて、復興オリンピックだから、興味を持った。俺が聖火ランナーを走るときは、漁師の仲間が大漁旗を持って応援したいって言ってくれてるよ。激励会もしてくれた。
仲間に元気づけたくて応募したんです。福島県の漁業は今、原発事故で自由な操業できないし、今、一番困ってんだ。聖火ランナーとして走ることで、漁業者のみなさんに元気と希望をあたえられるとおもうんだ。今は放射性物質は魚から出なくなったけど、廃炉になって初めて、福島県が安心できる。だからおれ、現役で海の仕事を手伝いながら、100歳まで生きて、廃炉を見届けたい。それが夢。

今は漁に出れる日時が、試験操業で決められてるんです。ちゃんと休業損害もらってるわけだけど、漁師のみんな、ストレスたまってしまうんだな。人間は、仕事がないってつらいよ。廃炉もいつになるか見通しがつかないのな。人間よう、見通しつかねえっていうのは不安だよな。だから、今は一番、船方は大変だと思うよ。仲買さんも魚が売れなくて、困っている。でも、おれは息子たちに、いろんなことやって、残したいって思ってるのよ。そのために走るのよ。

今は船より命が大事だから。
これは3.11の教訓だな。

私が頑張れるのはやっぱり、震災で弟を亡くしてるから。命より大事なものはないと思ったな。あの当時は、ほんとに船を助けたい一心で、おれと息子は自分たちの船を沖まで出したんですよ。同じように船を助けようとした弟は津波に呑まれて、船と一緒に亡くなったんです。ここの言い伝えでは、津波のときは沖に船を出しなさいってことで、昔の年寄りもやってるから、船を守った。生きて行くために必要な船だから俺も行った。弟はおれより30分くらい、遅かったのかなあ。今は息子にも誰にでも、地震があったら、絶対海に行くなっていうんだ。船なんて壊れればつくりゃいいんだし、新地の一番高台にいると安心なんだ。今なら、そう言える。今は船より命が大事。これは3.11の教訓だな。だから、命を大事にして、100歳まで生きる。だから健康でなくちゃならない。あれから、食事も気をつけてるし、山登りもしてるし、サプリメントも、いいものは取り入れて。酒は飲まないし、たばこも吸わない。83キロあった体重が今65キロ。健診もちゃんと受けて、泊まりの人間ドックも受けて、胃がんを見つけてもらったの、1ミリのやつ。すぐ取ってもらって今は何でもない。

体力をつけるために、鹿狼山、最初に行ったときは、5分で苦しくなって戻ってきたんだもん。毎日訓練して、頂上まで登るのに1カ月近くかかったね。でも今は毎日、頂上まで行ってる。今は走れる。いや、訓練なんだよ、やっぱり。疲れないし、肩は凝んないし、足は痛くないし。船に乗るのにもポーンと乗ってるし、昔より健康。鹿狼山って海が見渡せる山の上に神社があって。蔵王も、金華山も、そして原発も見える。船にお供えしてあるお札をもらっている神社です。航海安全と、大漁、あと、家族の健康を祈ってるよ。

海が好きなのよ。
魚をとるのが好きなの。

息子は3人とも漁師を受け継いでる。全財産はたいて、息子たちのために船をもう1隻つくった。借金して、家族全員反対だった。でもやっぱり、おれは復興すると思ってよ。2艘で小女子(こうなご)捕る。今、息子が船長だから。おれは乗ってお手伝い。ほんで孫も船方継げばいいんだから、孫つげば5代になるんだ。今まで頑張ってきて、おれは元気でいたいのよ。絶対に復興したいのよ。ここは魚の宝庫なんだよ。阿武隈川と北上川から仙台湾、福島沿いにプランクトンが豊富で、魚が無限大にいるとこなのよ。そしてなにより、好きだからよ、海が。海さ行くのが好きなの。魚とるのが好きなの。

今年でちょうど10年だから、おれが発起人になって港の近くに記念碑作ろうとしている。5年ごとに木で作りかえるんだ。絶対忘れないようにって。119名が亡くなった慰霊碑は、ちゃんと新地町にあるよ。それとは別に記念碑として、絶対風化させないためにつくるの。おれが死ぬまで、やることは、いっぱい。

福島には結っこっていう制度があって。
必要なときに自然に助け合うんだ。

ここ新地では、結っこの制度が残ってる。よく福島の農業で使われる言葉で、田植えとか稲刈りを手伝いあうんだ。ただ、漁業で残っているとこって珍しい。基本的に漁業と農業と違うのは、いつ自分が助けられるか分かんないでしょ。田植えっていうのは決まっていて、順番に回ってくる。でも漁業はそれと違って、いつ誰がっていうのは、わかんない。だけど、必要なときにすぐに気づいて、自然に助け合うんだ。水揚げも隣の船がまだやってたらすぐ手伝うとか。網を繕ったりするのも、自分の家族だけじゃなくて他の人がスッと入ってきて。そこで情報交換したり仲良くなる。1人では無理なことも、すぐ大勢の人が来て、手伝う。そういうところが、残っているところなんです。

※記事は取材当時の内容になります。

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