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Runner’s Story

Runner 04

髙橋 彩佳さん

35歳

走行都道府県
兵庫県

思い出の中のお父さんはずっと、
家族のために働いてる。

私も弟も中学校に上がるときに受験頑張ろうってことになって。もともとお父さんはお米農家してたんですけど、働いた分は全部みんなの塾代、受験代になって。さらに私は中学は私立に行っちゃったんで、学費とかも結構高くなって、お父さんがさらに頑張ってくれることになりました。そのときはもう、お米もつくって、サラリーマンもして、お母さんはお母さんで働いてるんですけど。

ある日お父さんが「ちょっと行ってくるわ」って。「何しに行くん?」って言ったら「ちょっと、たばこ代稼ぎに行くわ」って。実際は土木作業員として働きに行ってくれた。そもそもそのとき、そんなにたばこ吸ってなかったし(笑)お父さんは全然何も言わなかったけど、お母さんのほうは正直で。「お父さん、あんたのために今、頑張ってんねん」って。全部お母さんが話しちゃった(笑)すごいそれが印象に残っていて。勉強とか嫌だなって思うときもあったんですけど、やっぱり何も応えてないわけにいかんと思って、それが励みになった。大学も1回失敗したんですけど、諦めずもう1回挑戦しました。

離れて暮らす時、
お母さんが泣いてたって
お父さんから聞いて知って。
申し訳ない気持ちが、
感謝の気持ちに変わった。

お父さんは自分が大学行ってなかったのもあって、もっと道広げるために、大学まで行ってほしいという気持ちがあったみたい。浪人したけど、怒られることもなくて、残念なムードとかもなくて、はい、次、頑張れって。(笑)いつもお父さんがサポートしてくれた。予備校の説明会とか全部来てくれた。高校の先生にも挨拶に行ってくれたり。なかなかこんなお父さんいないと思う。すごくありがたかった。合格した時は、お母さんからは「良かったね」っていうのと、「老後はよろしく」みたいに言われて(笑)その年は弟たちも高校受験だったりして、3人いた子ども達が全部同じ年に受かりました。

お母さんは、夏期講習とか冬期講習とかの送り迎えもして、毎日お弁当つくってくれました。私が高1のとき、両親は兵庫に引っ越して、私は学校があったのでそのまま徳島に残りました。長い休みのときだけきてくれて、近況を熱心に聞いてくれて、成績表も全部見せてました。でも、後から知ったんです。離れて暮らしたとき、お母さんがずっと泣いてたって…。それを知ったのは大学浪人してるとき。お父さんが私のとこに来て、ちょっとお酒飲んで、お母さんのほうが実は、離れてから夜ずっと泣いてたって教えてくれて。お母さん普段は、お父さんのことは全部バラすし、学費とか、仕送りとかお金のことはすごいうるさいけど、自分のことは何も言わないので。そういう心配しているような雰囲気もなかった。でも泣いてたって聞いてびっくり。その時から、申し訳ないって気持ちが、ありがとう、に変わりました。

お父さんが自分の好きなことを始めて、
イキイキしてて、すごくうれしかった。

お父さん、今でこそマラソンとかいう趣味ができたんですけど、それまでは全然なくて。お友達と遊びに行くとか、自分の楽しみがあって何かしてるっていう雰囲気がなかった。思い出にあるのは、全部働いているところか、家族のために何かしてるところ。だから、お父さん自身が、自分が好きなこと何もしてなかったなっていうのがずっと気になってました。でも、マラソン始めてくれたから、そこからすごくイキイキしてくれて、嬉しかった。でも、走るの楽しんでるなあと思ったら、人間ドッグで胃がんが見つかって。手術したんです。

がんっていうのが分かったときは、それはすごいショックっていうか、なんか、もうそんな年齢なんやっていうのを先に思いましたね。その時は、恒例の親戚が集まってやる餅つき大会も、今年で最後だって言われて。すごく寂しいなと。でも、そこから、また復活をして、再開するんです。お餅つきも。だから嬉しい。おばあちゃんが大工さんに作ってもらった餅つきの道具はいまでも綺麗で。もう40年以上になるのかな。その餅つきのおかげで親戚が集まって、つながっています。

マラソンが大好きなお父さんの代わりに
オリンピック聖火ランナーになったら
自慢に思ってくれるかなって。

がんになっても私は何もしてあげれてないなっていう思いがありました。でも手術の後にちょうど、弟が結婚が決まって、すごくお父さんが喜んでたのをみて、私も何かしてあげることないかなって思いました。そんなときに聖火リレーの話を知って。お父さんは手術の後で走れないかなとか思って、私が代わりに出たら、何て言うか、自慢に思ってくれるかなって。応募しました。

そして今までお父さんが育ててくれた、私っていう成果を見てもらえるように走りたいです。そしてたぶん、お父さんも応募しなかったように、走りたいけど理由があってできないという人もいると思うんで、そういう人の思いとかも受けとって頑張る姿に変えて、見てもらえたらなって思います。

※記事は取材当時の内容になります。

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