日本生命 Play, Support. さあ、支えることを始めよう

Runner’s Story

Runner 07

宮住 悠生さん

30歳

走行都道府県
東京都

小学生の時に「人とちがう違和感」で
学校に行けなくなった

体育教師をやっています。オリンピック聖火ランナーの募集があることは、知り合いから教えてもらいました。オリンピックにはもちろん興味はあったんですが、最初はどうしても、という感じでもなくて。でも応募のエピソードを書くうちに、自分の今までを振り返ることになり、ぜひ走りたいな、という気持ちに変わって行きました。というのも、小学生の時に僕は「自分は人とちがう」という違和感で学校に行けなくなって、ひどい時には入院していた時期があったんです。その中でもずっと支えてくれた家族や、友達、そして自分を立ち直らせてくれたスポーツっていうものに、改めて感謝の気持ちがあふれてきて。そして同じように悩んでいる子どもたちにも、僕の体験をちゃんと伝えるいいチャンスだなと思いました。

好きな色を選んじゃダメなの?
普通ってなんだろう?
って悩むようになった。

一番最初に違和感を感じたのは、なんでランドセルを赤か黒で分けるんだろう?好きな色にすればいいのにな、と思った時です。だから自分は、緑を選びました。黄色は虫が来るからダメって言われて笑。更に学年が上がるに連れて、今までみんな仲良く遊んでいたのに、男女で分けられるようになって。どっちかにつかなきゃいけないの?って。普通ってなんだろうってことに、更に悩むようになりました。そういうことが、学校に行けなくなったきっかけですね。学校自体は、好きだったんです。でも行くと吐いちゃったり、咳が出たりが続いて。自分でも、もどかしくて。そんな時に家族は無理に学校に行けって言わなかった。1年以上、焦らず見守ってくれていた。治ったきっかけは、なぜだか不思議なんですが、母親が連れて行ってくれた花火大会。東京から離れて、静岡の海からあがる花火大会を見せてくれました。そしたら、ああ、きれいだなあって。気持ちがすっきりして、楽になった。思いつめていた日常からはなれたのが、よかったのかもしれない。だんだん学校にいけるようになりました。その後は、校則がない高校に通うことを目標に、受験を頑張りました笑。ルールがあると真面目に守っちゃうタイプなので、むしろルールがないところがいいんだな、と思って。そうやって自主性を大切にしてくれる高校に入れて、とても楽しかったです。更に大学に入って、同じような違和感をずっと感じてきた友達にも会えて。いろんな人がいるんだって、知ることができてよかった。

普通が何かなんて
決めつけなくていいんだよって、
教えたい。

そういう経験をしてきた僕だから、生徒たちに教えられることもあるかな、と思っていて。ルールがあるのを破っても、それは本当の自由じゃない。自分のやりたいことがあって、それを活かせる場所、それを邪魔するルールがない道を選べるのが、自由ってことなんだろうなって。その道が見つかったら、そっちに伸ばしてあげたいし、もしまだ見つからないなら、探すのを手伝ってあげたいな、と思っています。そして疑問に思う子には、社会のルールにも理由があるから、それを丁寧に説明して、彼らにとって不利にならないようにしたい。納得するまで、ちゃんと話がしたいんです。

一方で、社会の側のルールや当たり前を変えていきたい、という気持ちもあります。いろんな人種、出身地、年齢、志向の子ども達がいる。それが本当は、生きていく上での武器になるような社会であってほしい。

自分が担当の保健では、小学生の頃に「なんで男女で分けるんだろう?」と悩んだ経験を活かして、去年は性同一性障害の方に3名来てもらって授業をしました。その人たちはまず、「普通」という言葉を黒板に書いて「普通って何?」っていう問いかけをしてくれて。「僕たちって普通じゃない?君たちって普通なの? 普通っていう言葉、いらないよね?」っていう話をしてくれました。こういう風に実際に話せると、刺激にもなるし、偏見がなくなるだろうなって。言い出せないだけで、性別の問題に悩んでいる子どもたちもいるだろうし。校長先生も理解があって、やっていいよって言ってくれました。本当は性の多様性だけじゃなく、いろんな国の文化とかもやりたいなと思いますけど、ちょっと保健の授業じゃなくなるので笑。

こどもたちには感動の体験を
たくさんしてほしい。

うちは母子家庭だったのですが、母親が必死で働いてくれて。バトミントンや水泳、野球、休みの日には遠くまで車で行ったり、いろんな経験をさせてくれた。朝は6時半から仕事に行って、5時には家にいてくれて。子どもたちが寝た後に内職。ほんといつ寝てるの?って。化け物って言われていたぐらい笑。そうやって、子どもを3人とも大学にいかせてくれました。そう、僕には父親が違う年の離れた姉が2人いるんですが、彼女たちも僕をずっと支えてくれて、どこに行くのも誘ってくれて。お姉ちゃんが大学生だったときはバイトして二人分お金をためて、海外にまで連れて行ってくれたんです。すごいですよね。たぶん、僕だけお父さんが違うのとか、そういうことも気遣ってくれてたんじゃないかなあ。そういう家族のサポートの中で、大好きなバトミントンもずっと続けさせてもらえて、大学を卒業しました。更にその大学で、将来が見えなくて悩んでいた時に「今まで生きていてくれてうれしいよ」「これから一緒に楽しもう」と言ってくれた親友にも会えて。その人たちに今、「元気で力強く生きているよ!」って、オリンピック聖火ランナーとして伝えられたらなあと思います。

もうひとつ、スポーツに興味がない生徒たちが年々増えているな、と感じるのですが、せっかく日本でオリンピックをやるんだし、関心を持つきっかけになりたい。実は僕も高校3年生で進路に悩んでいる時に、オリンピックでオグシオの試合を観て。あの試合に勝った瞬間に日本中が喜んでいるのを観て、やっぱりスポーツの力ってすごいなって。たったひとつの試合なのに、こんなにみんなの心が動くってすごいなって。決心がついて、大好きなバトミントンに打ち込める大学を選びました。更には、スポーツって、言葉の壁をこえて、海外の人とも通じ合えたりする。そして自分でやってみると、「今日はこれができるようになった!」っていう、努力がわかりやすく成長として味わえるのもいいところで。そういういろんな感動の体験をできるだけたくさん、子どもたちにはしてほしいです。

※記事は取材当時の内容になります。

ストーリーをシェアする

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE

他のストーリーを読む

一覧を見る

PAGE TOP