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Runner’s Story

Runner 08

坂本 恒男さん

76歳

走行都道府県
東京都

お金でつながる関係じゃなくて、
人と人がつながることに興味がある。

板橋で生まれて、板橋で育った、生粋の板橋っ子です。ボランティアのようなことを、若い頃からずっとやってきました。里神楽の保存会から、老人会や子どもたちや地元のこと、ごみ拾いに、阿波踊りの会長までやりましたね。お金でつながる関係じゃなく、人と人とのつながりや、みんなで仲良くできるようなことに興味があるんです。今もまだ、現役の保護司なんですよ。家族の助けもあって、そういうことをやってこられた一生を、ありがたくも、誇りにも、思っています。今回は娘が声をかけてくれて、オリンピック聖火ランナーに応募しました。選ばれて大変うれしかった。そしてオリンピックは選手だけのお祭りではない、と思いながらも、やっぱり選手たちは頑張っている。コロナで練習もままならない中、どうにか必死で頑張っている。その人たちのことを心から応援したい。

名もない人たちが受け継いできた、
貴重な無形文化財を守っていきたい。

私が長年、受け継いできた里神楽についてご説明しますね。神楽は「御神楽(みかぐら)」というものと、里神楽という「里」がついているものと、大きくふたつに分けられるんです。御神楽っていうのは神主さんが宮中で踊っているもので、古くから伝わっている儀式。わたしが受け継いできた里神楽っていうのは、あまり文献が残っていないんですが、御神楽を各地の人たちが見よう見まねで覚えたものだと思うんです。最初は芝居師などで地方を回っている人たちが広めたんでしょうね。お祭りのたびに、そういう人たちを各地の神社にお呼びして舞ってもらった。その踊りを今度は地元の若者たちが、自分たちで覚えていった。それが今も残っているのが非常に珍しいということで、板橋区の教育委員会のほうから保存会に指定されてね。父が長いこと会長をやっていました。それを私も受け継ぎ、27歳のころから始めて、今年でちょうど50年になりますね。

私が若い頃はなかなか、舞台に立つなんていうのは、芸能人以外はなかったから。覚え出すと楽しくて、仲間たちはみんなどんどんうまくなって行きました。そして高度経済成長期ということもあり、いろんなお祝いごとに呼ばれました。テレビもカラーできれいに撮れるようになって「俺、出たんだよー」って、みんなにワアワア自慢したりしてね。盛りあがってましたねえ。更には神楽の公演で世界中を回りました。アメリカ、ハワイ、カナダ、中国、フィリピン、ドイツ、イタリア、スイス…反応は良かったですよ。お面が、やっぱり珍しいみたいでね。どこだったかな、ドイツでは狐の面を付けた人がモテていましたね笑。海外の新聞に大きく載ったりもしました。そうそう、若い頃行ったオリンピック発祥の土地のギリシャでは、それこそ競技場を走ってきましたよ。

時代に合わせて伝えていくために、
日々試行錯誤しています。

神楽は声を使わないんです。だから神楽手話っていうんですけどね、手話で全部やるんですね。「弓矢を取ってこい」とか、「盃持ってこい」とか、手話で表す。ある意味、言葉がいらない。大体、『古事記』とか、『日本書紀』とかそういうものがベースだから、筋書きはみんな分かっているんですよね。ですから、その筋書きを崩さないようにして、いかに芸人として表現するか。気持ちが手話で伝わる、これが一つの神楽の醍醐味ですよね。

でも最近はそれではもう一般の人には分からないから、解説を付けようっていって、流れがありますね。そうすると、子どもたちにも分かると。あとは『桃太郎』さんだとか、『舌切り雀』さんとか「お伽神楽」っていうのもやったり。ここにも動物のお面があるでしょ。あと、昔のものをやっただけでは面白くないから、例えばね、天狗と戦うときに天狗のお鼻を切ってね、ゴルフで打っちゃうとか、サッカーにしてみたり。そういうスポーツを動きにとり入れて笑わして、現代風に解釈して、なんとか受け継ごうとしています。

里神楽をやりたいなっていう子ども、200人くらいのうちに1人くらいいますよ。1人いればすごいことです。そうやって、われわれも継承していかなきゃいけないという使命感と責任感で、地元の子どもたちに里神楽を教えてきました。ただ、ここのところ2年ばかりは、コロナの関係でね、もう集まれなくなって。こういうものは、口伝ですから、どうしても接近してしまう。大事なお子さんにコロナをうつしちゃいけないとか、われわれも歳とってくると、うつりやすいので。伝統を受け継ぐために、試行錯誤の日々ですね。

誰もが石につまずく可能性がある。
えらそうになんて、とてもできない。

神楽だけではなく、わたしは保護司も40年やっております。その前に、BBS会って知っていますか?犯罪を犯した人の更生を、同世代の人たちが手伝う活動なんですが……そもそも犯罪者って、なりたくてなった人なんていなくて、いろんな不運な条件が重なって犯罪に関わってしまった人たちだと思うんです。そんな時こそ、周りの人が支えてあげなかったら、立ち直れないんですよ。でも昔の保護司は年代が離れていて、70、80の人が多かったんです。だから年が近い人たちで話を聞こう、という活動がBBSです。私も初めて参加したのは、20歳前後です。保護司の経験は40年だけど、BBSの活動を入れると50年。どうしてそんなに長くできたかっていうと、うーん、どうしてですかね。ただ、保護司冥利に尽きるっていう言葉がありましてね。やっぱり、どうしようもないとか言われてきた人が全うな気持ちに変わった時、ちょっとしたお手伝いができるのが、うれしいんです。この間も4年間一生懸命面倒見た人から「先生、ちょっとお酒でも飲みましょう」って電話がかかってきて。刑期が終わってもそういうことがあるので、うれしいですよね。「おかげで…」って言葉を聞くだけでね。

自分の意思とは別に、石につまずいてけがをしてね、そこから犯罪者になっちゃったっていう人が多いんですよ。私だって保護司とかやっていますけど、石で転んでけがをしたことだってあるし、それでも罪を犯さなかったっていうのは、やっぱりただ、周りに恵まれていただけ。だからえらそうにね、指導なんてできないですよ。

保護司はね、自分の意思を伝えるっていうことじゃなくて、相手の気持ちを聞く。それが一番大事。最初はじっと見守る。そうやって気持ちが分かればね、じゃあ、こういうふうにすれば、この人もっとよくなるかもなって自然とわかってくる。向こうだってね、最初はこんなクソおやじと話したくないと思っているだろうし笑。だからやっぱり、会うのが楽しみになるように、とは心がけてきました。全然関係ない将棋打ってみたり、ゴルフの練習に行ったりね。そんなことやってね、やっぱり、まず、心をつながないと。オリンピック聖火リレーと同じです笑。そしてわたしも、やっぱり、自分ひとりでは生きられないからね。家族とも生きていかないと。なんとか短気を起こさないようにして、家族に大事にしてもらいます笑。

※記事は取材当時の内容になります。

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